真夜中のアイスクリームはなぜは腹黒い味がする
2025.07.01

真夜中のアイスクリームはどこか腹黒い味がする
~私の腹黒さは幸福感と罪悪感でできている~
普段はフォトグラファーとコーディネーターをしております。フードコラムのお仕事をきっかけに、食と意識の面白い関係があることに気づき、こちらに書き留めることにしました。食べてネガティブに気づいたり、食べて傲慢な自分に気づいたりして生きております。また腹黒事変という菓子屋も営んでおり、腹黒の人にしか食べられない和三盆を販売しています。腹黒の自己申告をしないと食べられないという菓子はどこか腹黒の味がします。どうぞよろしくお願いします。
深夜、ふと訪れる甘美な誘惑のアイスクリーム。季節など関係なく、それは突然やってくる。理性は「いけない」と警鐘を鳴らすけれど、足はもう冷凍庫へ向かい、手にはスプーンが握られている。意識的なのか無意識なのか定かではない。一口食べれば抗えなかった自分をあっさりと許してしまうほどの幸福感が口いっぱいに広がる。
しかし、束の間の快楽が終わると同時に、それは重い罪悪感へと姿を変える。「頑張ったご褒美」「金曜の夜だから特別」「ダイエットは明日から」などと言った都合のいい言い訳を心の内で囁き、アイスクリームを平らげる。そして空になった容器をゴミ箱の奥底に隠すように捨て、何事もなかったかのように、満腹のおなかをさすりながら眠りにつくのです。
私たちは言い訳という名の防波堤を築くのが得意な生き物である。とりわけ私はその道のプロと言える。甘美な誘惑に抗えない背徳感と、それを打ち消そうとする自己正当化の繰り返し。そんな心の葛藤を、私は「腹黒」と呼んでいる。
食後、押し寄せるのは顔と首の境目がなくなるかもしれないという未来への漠然とした不安。冷凍庫にアイスクリームがあったことへの小さな怒り、食欲をコントロールできない自分への悲しみ。友人の小さいなお尻に対する嫉妬。かと思えば、すべてを肯定し、現状維持を正当化しようとする傲慢な自分が顔を出すこともある。
幸福感と罪悪感が混沌する腹黒い味は、私たちが日々の生活の中で感じている様々なネガティブな感情と深く共鳴しているのかもしれない。生きていれば予期せぬ出来事に直面したり、理不尽な現実に苛立ちを覚えたりすることも少なくない。自分の弱さや至らなさに失望したり、未来への漠然とした不安に駆られたりすることもあるだろう。そうした心の中で渦巻く様々な感情の波に、私たちはまるで深夜のアイスクリームの誘惑に抗えない時のように、見て見ぬふりをしたり、他のことで気を紛らわせたりして、一時的に蓋をして生きている。一時的に蓋をした感情は、決して消え去るわけではない。むしろ心の奥底に静かに蓄積され、いつか予期せぬ形で表面化する可能性を秘めている。
そして今日もまた、食を通して心の奥底に潜むこの「腹黒い味」を探求し、顔と首の境目がなくなっていく姿に悲しく思いながら食べるのです。
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